札幌高等裁判所 昭和34年(ネ)375号 判決 1963年12月28日
主文
原判決中控訴人に関する部分を左のとおり変更する。
控訴人は被控訴人に対し金五十四万五千九十七円及びこれに対する昭和三十四年四月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分しその一を被控訴人、その余を控訴人の各負担とする。
この判決は被控訴人において金十五万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。
事実
一、当事者双方の申立
控訴代理人は、原判決中控訴人勝訴の部分を除きその余を取り消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は、本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。
二、被控訴人の事実上の主張
被控訴人は、当審において左のとおり附加陳述した外、原判決事実欄に摘示するところと同一であるから、ここにこれを引用する。
(一) 控訴人は、訴外本村憲二及び阿部松男外数名の自家用運転手が営業免許を受けるまでの間、控訴会社小樽営業所の事務室を使用せしめ、且つ控訴人の商号使用を許諾していたものである。なお、被控訴人は、昭和三七年六月一日、訴外若林勇と結婚した。
(二) 控訴人主張の抗弁事実を否認する。
三、控訴人の事実上の主張
(一) 請求原因に対する答弁
請求原因事実中、控訴人が貨物自動車運送及びこれに附帯する事業を目的とする会社であることは認めるが、訴外村松博が昭和三一年六月頃、控訴人に雇われた控訴人の被用者であるとの点、被控訴人主張の普通貨物自動車が控訴人の所有するものであるとの点、訴外本村憲二が控訴人の指揮監督を受けて控訴人の砂利運搬の事業を執行していたとの点並びに控訴人が訴外本村憲二に対し、控訴人の商号を使用して被控訴人主張の運送事業を営むことを許諾し、外部に対して右本村憲二の事業の執行につき控訴人が責任を負担すべき地位に立つことを表示したとの点はいずれもこれを否認する、その余の事実は知らない。
訴外村松博は、本件事故発生当時、訴外本村憲二に使用され、同人の貨物自動車運送事業を執行するため、同人所有の普通貨物自動車を運転していたものである。そうして、訴外本村憲二は、訴外阿部松男外数名の自家用車運転手数名と共同して、控訴会社小樽営業所に使用していた小樽市住の江町二丁目五番地、木造平屋建居宅建坪一三坪五合の内表側五坪(間口二間半、奥行二間半)の片隅を間借りし、同所において、各自単独の経営方式により自動車運送事業を営んでいたもので、本件事故発生当時、訴外本村憲二は、訴外安部建設株式会社の発註により、自家用車を使用して資材等の運搬をするため、訴外村松博を使用して右自家用車の運転をなさしめた事実はあるが、控訴人と訴外村松博との間にはもとより何等の雇用関係ないし指揮監督の関係というべきものがあつたわけではない。
(二) 抗弁
仮りに、控訴人が訴外村松博の不法行為につき使用者としての責任を負うべきものだとしても、被控訴人は、本件事故発生後、訴外本村憲二との間に、同訴外人が被控訴人の入院諸掛費等一切を支払い、且つ同訴外人名義で加入していた千代田火災保険株式会社の損害保険金十万円を被控訴人に譲渡し、被控訴人は、爾後右以外の請求をしない旨約したものであるから、本件事故に基く被控訴人の損害賠償請求権は、すべて右示談による意思表示によつて消滅したものである。
四、証拠関係(省略)
理由
一、損害の発生
成立に争いのない甲第一乃至第三号証、第四号証の一、第五乃至第九号証、第一一号証、第一二号証の一乃至五、原審証人平畑由松の証言、原審並びに当審における被控訴人本人尋問の結果を総合すると、訴外村松博が昭和三一年一〇月八日、普通貨物自動車(札は〇一九一号)に約五屯の砂を積載して蘭島方面から小樽市石山中学校まで運搬するため右自動車を運転し、同日午前八時一五分頃、小樽市色内町色内小学校東側道路附近の勾配約三〇度の上り坂に差しかかつた際、自動車のエンジンが停止する寸前の状態になつたので、あわててフツドブレーキをかけたが及ばず、そのまま右坂道を約七〇米後退し、遂に同市稲穂町二丁目二二番地福井米吉方店舗内に自動車の後部を突入せしめ、同店舗内において被控訴人を右自動車の下敷とし、これがため、被控訴人に対し、同日から昭和三二年五月二日まで入院加療を要する両側足背部挫滅創及び右第一蹠骨々折(敗血症併発)の傷害を与えた事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。
二、不法行為の成否
訴外村松博が前示事故を起した現場が勾配約三〇度の上り坂であり、且つ運転中の自動車に約五屯の砂が積載されていたことは前認定のとおりであるから、このような場合には、自動車運転者としては、機関の性能が積荷の重量及び道路の勾配等に堪えうるものであるか否かを確認し、坂上からの後進を余儀なくされるおそれがある場合には積荷を減ずる等適切な措置を講じて安全に運転すべき義務があるところ、前記甲第一乃至第三号証、第五乃至第九号証、原審証人平畑由松の証言を総合すると、訴外村松博は、前示坂道にさしかかつた際エンジンを一杯かけて坂道を上り始めたところ、坂道の中途辺において、急勾配と積荷の負荷抵抗のためエンジンを停止しそうになつたので、あわててフツドブレーキをかけたが及ばず、自動車が後退し始め次等にスピードが加つてそのまま右坂道を約七〇米後進を続け、遂に福井米吉方店舗内に自動車の後部を突入せしめ、同所において被控訴人を自動車の下敷とし、これがため前示傷害を与えたものであることが認められるから、訴外村松博は自動車運転者としての注意義務を怠り、その過失によつて被控訴人を傷害したものといわなければならない。もつとも前記甲第五号証、第七号証、第九号証によると、訴外村松博は、同乗の運転助手平畑由松に対し、坂道の途中で自動車が停止した場合には、その後進を防ぐため車輪の下に石を置くよう命じ、右平畑は自動車を降りて坂の中途に石を用意して待機していたが、その余裕がなかつたものであることが認めうるけれども、右のような措置をとつたというだけでは、運転者たる訴外村松博の過失を否定する事由とならないし、他に前示認定を覆えすに足りる証拠はない。
三、控訴人の責任
控訴人が自動車運送及びこれに附帯する事業を目的とする会社であることは当事者間に争のないところ、被控訴人は、訴外村松博が昭和三一年六月頃、控訴人に雇われ、本件事故は控訴人の事業の執行中に生じたものであるから控訴人は民法第七一五条により村松博が被控訴人に加えた損害を賠償すべき義務があると主張するので、先ず村松博が控訴会社に雇われていたかどうかにつき判断するに、前記甲第二号証、第三号証、第五号証、第七号証及び第九号証中には、なるほど被控訴人主張に沿う趣旨の記載があるけれども、右はいずれも伝聞したことがらに過ぎないのであつて、後掲各証拠と対比するとそのままこれを信用し難く、その他右事実を認めるに足りる確証はないので村松博が控訴会社と雇傭関係があることを前提とする被控訴人の右主張は採用できない。
被控訴人は仮りに訴外村松博と控訴会社との間に雇傭関係がなく、村松は訴外本村憲二に雇われていたものとしても、本村は事実上控訴会社の指揮監督を受けていたものであり、仮りにそうでないとしても控訴人は本村に対し自動車運送業者として控訴会社の名義の使用を許可していたものであるから本村の被用者である村松の不法行為につき控訴人は民法第七一五条により責を負うべきであると主張するので判断する。成立に争いのない甲第一八号証同第二〇、二一号証乙第三、四号証原審並びに当審証人阿部松男同本村憲二原審証人平畑由松の各証言を綜合すると、控訴会社は免許を得て自動車運送事業を営むもので小樽市住の江町に小樽営業所を設けているが、右小樽営業所の実体は各自貨物自動車を所有しているが運送事業の免許を受けていない訴外阿部松男外数名が寄合つて控訴会社の営業名義の貸与を受け、控訴会社小樽営業所なる名称の事務所を使用し、その営業所長には控訴会社の取締役たる阿部松男がなり、各所有の自動車は登録自動車損害賠償責任保険等の関係においては、控訴会社所有として届出で、運送の受註、自動車部品の購入等外部に対する関係においては総べて右営業所名義をもつて取引し、控訴会社に対しては自動車一台につき一カ月金五、〇〇〇円の割合による名義料を支払い、その余は各自の収益とする組織のものであつたこと、そして運転手、助手は右営業所において採用するが各自動車の所有者に配属し給料等は右所有者が支給し直接その指揮監督をしていたこと及び訴外本村憲二も右組織の一員であつて本件事故を起した貨物自動車は本村の所有に属し村松博は右自動車の運転手として本村に配属されていたもので、本件事故当日従事した砂運搬の事業は前示小樽営業所が石山中学校の工事請負人である訴外阿部建設株式会社の注文により行つた資材運搬の一環として行われたものであることが認められ、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。
およそ自動車運送営業は現行制度上一定の基準に達しなければ免許を得られないものであるから、その免許を受けた営業者が無免許者に対して自己の商号使用を許諾した場合には、名義貸与自体が違法性を帯びるとともに右許諾者は自動車事故の発生を未然に防止するよう指揮監督すべき責務を負うべき筋合とみるべきであつて、名義貸与者とこれを使用する者との間には、事実上指揮監督の関係があつたか否かを問うまでもなく、使用者としての指揮監督をなすべき義務を負うものと解するのが相当である。そうだとすると、前認定のように訴外村松博の使用者たる訴外本村憲二に対して「大和運輸株式会社小樽営業所」なる商号の使用を許諾した控訴人は、訴外本村憲二に対してのみならず訴外村松博に対しても使用者たるべき地位に立ち、これらの者を指揮監督すべき責務を負うものであつたというべきことは前説示に照し明らかであるから訴外村松博のなした前示不法行為に因り被控訴人が受けた損害につき、民法第七一五条の法理に従い、使用者として賠償の責任を負うものというべきである。
控訴人は仮りに控訴人に損害賠償義務があるとするも、その後示談解決したのであるから被控訴人の損害賠償請求権は消滅したと主張するので判断するに、成立に争いのない甲第二一号証、乙第八号証、原審証人本村憲二、佐藤清治、当審承認本村憲二及び佐藤清治の各証言を総合すると、本件事故発生後、訴外本村憲二が被控訴人に対して治療費金二万五千円及び見舞金五千円を支払つた外、控訴人主張の保険金十万円を譲渡した事実を認めうるが、しかし、被控訴人が右以外の請求権を行使しない旨を約したとの事実はこれを認めるに足る証拠がないから、右抗弁はこれを採用することができない。
四、損害の内容及びその金額
(い) 成立に争いのない甲第一三号証の一乃至一七、第一四号証の一乃至八、第一五号証の一乃至二一、第一六号証の一乃至一三、原審証人佐藤清治の証言及び原審並びに当審における被控訴人本人尋問の結果を総合すると、被控訴人は、本件自動車事故による傷害を受けた結果、昭和三一年一〇月八日から昭和三二年五月二日まで入院し、その間の費用金五万二千九十二円、附添人に対する謝金五万千七百五十円、燃料その他の雑費金九千八百九十五円並びに昭和三二年四月一日から昭和三二年一月三〇日までの間のマツサージ施療費金三万五千九十円、合計金十四万八千八百二十七円を支出した事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。
(ろ) 成立に争いのない甲第一七号証、原審証人佐藤清治の証言並びに原審における被控訴人本人の尋問の結果を総合すると、被控訴人は、本件事故発生当時、実母の経営する文房具店の店員として働き、一箇月金九千円の給料を得ていたが、前示傷害を受けて入院加療したため、昭和三一年一〇月分は金六千九百円、同年一一月から昭和三二年五月までは一箇月金九千円の割合による計金六万三千円、以上合計金六万九千九百円の給料の支払を受けることができなかつたことが認められ、右事実を左右するに足りる証拠もない。
(は) 成立に争いのない甲第一二号証の五、第一七号証、原審並びに当審証人佐藤清治の証言及び原審並びに当審における被控訴人本人尋問の結果を総合すると、被控訴人は、新制中学校を卒業し、本件事故発生当時には満二一才の未婚の女子であつたが、前示負傷の結果、今なお右足跟骨折の後遺症により足跟部の各骨が癒合し、そのため関節機能が阻害されて歩行時に疼痛を覚え、右膝を折り曲げて正座することもできず、将来においても従前の健康体に回復することはまことに困難な状況であり、これがため通常の身体状況の場合に比し、尠くとも三割を下らない程度の労働力の低下を来したことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。従つて、将来、従前通りの勤労に従事しても右労働力の低下に基因する収入減は免れないところであるから、その収入減に相当する分は将来の得べかりし利益を失つた場合に外ならない。そして未婚の女子が不具廃疾となつたことにより将来の得べかりし利益を失つた場合の損害額の算定については、その者が特別の事情のない限り少くとも通常女子の労働賃銀に相当する収益を得べき見込があるものと認め、右賃銀を基準として算定するを相当と考える。ところで、成立に争いのない甲第一九号証によると、統計上新制中学校卒業の女子の平均賃金は一箇月金七千八百六十四円(新制中学校卒業の男子の平均賃金一万八千二百八十九円に女子の平均賃金格差四三%を乗じて得た額)であることが認められるところ昭和三一年厚生大臣官房統計調査部の作成した第九回生命表(修正表)によれば、満二一才の女子の平均余命は四八、七二年であることが明らかであるから、被控訴人の稼働力が五十五才までであると予想しても、本訴を提起した昭和三三年三月当時から数えて、なお三十四年間稼働し得ることとなるので、この間における前示女子平均賃金の三割に相当する金額は、一箇年金二万八千三百円、合計金九十六万二千二百円であつて、これをホフマン式計算法により年五分の中間利益を控除して本訴提起当時の現在額に換算すると、その金額は金三十五万六千三百七十円(円以下切捨)となるので、被控訴人は控訴会社に対し得べかりし利益の喪失として右金額の損害賠償を請求できるものといわねばならない。
(に) 原審並びに当審における証人佐藤清治の証言及び被控訴人本人尋問の結果を総合すると、被控訴人は、昭和三七年一月六日、訴外若林勇と結婚したが、本件傷害に基く後遺症状は完全に回復することが困難であるので、将来の家庭生活において幾多の不便や苦痛を伴うこと必至であり、従つて、その精神的苦痛は甚大なものがあると認められる。よつて、これらの事実と負傷の程度被控訴人の経歴その他諸般の状況を考量すると、被控訴人の精神的損害を慰藉すべき金額は金十万円が相当であると認める。
五、むすび
以上のとおり、控訴人は、被控訴人に対し、訴外村松博の不法行為に因り被控訴人に与えた前項(い)乃至(に)の損害金合計金六十七万五千九百十七円から被控訴人において控除すべきことを自認する自動車損害保障法に基き支給を受けた金員等合計金十三万円を差し引いた残金五十四万五千九百十七円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三三年四月三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務あることは明らかであるから、被控訴人の本訴請求は右認定の限度において正当として認容し、その余は失当であるからこれを棄却すべく、右と異る原判決は変更を免れない。
よつて、民事訴訟法第九五条、第八九条第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。